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死の足

posted Aug 29, 2011
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30年も前のことなので、劇場の名前を忘れたと言っても叱らないでください。9歳になった私はお母さんの手を握り、6歳の弟と一緒に映画を見に鐘路へ行きました。李斗鏞(イ․ドゥヨン)監督がメガホンを取った「死の足」という仁侠映画でした。振り返ってみれば、この映画が作られた70年代の初めは、香港の俳優サモ․ハン(洪金宝)やジャッキー․チェン(成龍)が韓国の忠武路で助演として活動していた時代でしたし、香港で活動していた韓国武術俳優、黃正利(ファン․ジョンリ)が香港最高のスター王羽(ジミー・ウォング)のあいさつを帝王のように座ったまま受けた時代でしたので、おそらく「死の足」は客観的に見てもその頃の香港映画よりはすぐれていたと思われます。しかし、それは重要なことではありません。客観的な水準などのつまらない問題にはお構いなく、「死の足」は子供だった私のアドレナリンを爆発的に分泌させた、とてつもなく面白い映画だったからです。たとえ、私が今日この映画をもう一度見て失望したとしても、その日の感動が変わることはないと思います。仁侠映画らしく、その映画の主題は‘復讐’でしたし、主人公は‘怒りに燃え立つ’男でした。


ああ、男たちによる、男たちのための、その映画の記憶。その独特な問題解決方法。世の中すべての事がこんなにも悲壮で格好よくて明瞭だったら...。悪党をやっつけ、素敵な後姿を見せながら、コツコツと足音を響かせて消えることができたら。実は、幼い息子たちの手を握ってこどもが見てはいけない映画を見せてくれることは、あまり我が家の母らしくないことでした。その後、私と弟が武術映画を見に行こうと粘り強くせがんでみても、母が私たちに成人向けアクション映画を見せてくれたのはその一回きりでした。私が劇場で再び武術映画に接するためには、十年後ジャッキー․チェンというスターが現われる時を待たなければなりませんでした。


「死の足」の主演は韓龍哲(ハン․ヨンチヨル)という俳優でした。映画を見てからの数ヶ月間、私と弟は虫取り網を振り回しながら‘ハン․ヨンチヨル’のごっこをして遊びました。それから約1年後、テレビのバラエティー番組「愉快な青白戦」に出て武術の示範を行ったハン․ヨンチヨルを見て、まるで旧友が出演したかのように嬉しくて小躍りしたのが彼に関する最後の記憶です。2006年の初め、ある映画雑誌に載った李斗鏞監督のインタビューを読み、映画ポスターに‘チャーリ․シェル’と紹介されていたハン․ヨンチヨルは、在米韓国人青年だったということを知りました。撮影当時の彼は跆拳道(テコンドー)の赤帯に過ぎませんでしたが、蹴りの才能は逸品なのでキャスティングしたそうです。李監督の記憶によると、「3日ぐらいひげを剃らないで見たら、年齢も結構カバーされていたよ」と言うことでした。私と弟のちびっこ二人は、二十歳の赤帯の若者が見せた蹴りとカメラの魔術にすっかり騙されてしまっていたのでした。


しかし、それは口惜しいものでしょうか? 私たちは騙されるために劇場に行くのではないでしょうか? 生半可な画面や構成で観客をあまり欺けない映画を見ると、私たちはチッと舌打をするではありませんか。中学校時代に、友達と一緒にブルース・リーの「ドラゴン危機一発(唐山大兄)」、「ドラゴン怒りの鉄拳(精武門)」、「ドラゴンへの道(猛龍過江)」、「燃えよドラゴン(龍爭虎鬪)」などをビデオで見ながらも「お前たちはハン․ヨンチヨルの映画を見るべきだ」と友達に大口をたたいていました。そのことを思い出すと、心が暖かくなります。私がジャッキー․チェンの「ドランクモンキー(醉拳)」、「スネーキーモンキー(蛇形刀手)」を見た後、劇場の門をいきおいよく蹴飛ばしてとびだして来たのは、もう結構昔なのに、ジャッキー․チェンはいまだに活発に活動しています。彼は私の二人の息子の英雄です。よく知られているとおり、ジャッキー․チェンの最大の長所は彼の誠実さです。テコンドー7段に偽装された赤帯のチャーリ․シェルがしばらく咲いて消えた一方、スタント․マンを使わずに努力する武術人としてジャッキー․チェンは数十年間武術映画の王座を占めており、それで正義は十分具現されたと思われるのですが。


とにかく、あの「愉快な青白戦」以後、弟と私の英雄がどうなったのかは聞けませんてした。いつものように棒を振り回しながらやんちゃに遊んだ小学校低学年のある日、家に見えた母の友達が、「ハン․ヨンチヨルって?」と尋ねました。母は、「男の子達がおとなし過ぎるから、ちょっと男らしくなってほしくてアクション映画を見せてやったら、あのように騷がしくなったのよ」と言いました。やっと分かりました。劇場の職員が「子供たちは入れません」と言ったことも、母が自分らしくなく頼んで入場した理由も。


この場面で、うちの母の教育方針に賛成しない人もいると思います。ところが、私が二人の子供の父親になった今は、我々兄弟にハン․ヨンチヨルを紹介してくれた母の心が、私には手に取るように感じられます。私は映画が大好きです。私にとって映画を見ることは、二時間ほどの間、他人の人生を生き、他の人になりきり、他の生に共感することです。母と一緒に劇場へ行った回数はあまり多くありません。母と映画について話したことも、母が映画を勧めてくれたこともあまりありませんでした。それにもかかわらず、私に映画という趣味を与えてくれた人がいたとすれば、それは母ではないかと思います。たまに、テレビで放送されるアカデミー授賞式を一緒に見ながら、“あら、あの俳優があのように老けてしまったのねえ。あの映画であんなに花のようにきれいだったのに、悲しいわ”、と言う母の独り言を、いつの間にか私が受け継いで呟いているようになるぐらい、歳月が経ってしまったのです。


大学に入った後、私は映画ポスターを見つけるとすべて持って帰る癖がつきました。劇場から貰って来たり、壁に貼ってあるものを剥して来たりしました。それを自分の部屋に貼り付け始めたら、瞬く間に部屋の四面を埋め尽くし、それでもあきたらず、天井と床にまで貼りました。今になって、どうしてそんなことをしたのかと聞かれても、実は私にもよく分かりません。単にそこにポスターがあったからだとでも言いましょうか。理解出来ないことをしていたのなら、それは若さ故だと思っていただければ、本望です。この私の新たな趣味を誰よりも嫌がっていた人が実は母でした。


母に、「どうしてそのがらくたを捨てないの?」とたびたび叱られました。しかし、母は私の部屋を勝手に掃除するということにまでは至りませんでした。私はその年齢の特権である「聞き流す」という技で貫き通しました。その後、それにもあきてしまい、別に意味もない幼稚な収集癖をそろそろやめようかと思った頃、家を訪れた母の妹が、私の部屋を見て言いました。「あなたったら、どうして少女時代のあなたの母親とまったく同じなの...」 <終り>

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